「アド・アストラ」6巻 伝説の「カンナエの戦い」(紀元前216年)がついに
ローマ人は、フラミニウスの惨敗でも目覚めなかった。
高慢と自惚れの美酒に酔いつぶれたローマ人を目覚めさせるには、もっと大きな犠牲を払うしか無い。
ついにカンネーの戦い来た。 多分これだけは知ってる人多いと思う。
三国志において諸葛孔明と龐統が仕組んだ「赤壁の戦い」がそうであったように、この戦いも、前準備がスゴイ。
カンネーの戦い前夜 戦略で勝てないから、包囲殲滅しきれないくらいの数で勝負しようという単純な戦略が採択された
「ファビウス」の戦略は間違いではなかったが、結局ハンニバルを倒すことが出来ずファビウスは失墜。
好戦派のヴァロが大軍勢を持って数の力で戦うという政策で支持を得て当選。
持久戦派のアエリミウスも貴族派として当選するが、権力基盤は弱い形に。
・当初は慎重派の抵抗もあって、ローマ側もひたすら守りながら小競り合いを繰り返すだけ
・後ろにオファント河があるため、大軍であるローマ軍も補給が出来て持久戦ができる。
・小競り合いでジリジリとハンニバル軍が減少し戦力差が開く
・ローマ兵は今までのハンニバルの戦略を分析し
オファント川を使った包囲殲滅に対抗する作戦は建てた上でついに戦闘を開始。
→「川を背にした陣形」だとハンニバルに自然を利用した包囲戦を仕掛けられるから
それを避け、むしろ中央突破して分断撃破すれば逆にハンニバルを川側に落とせると考えた。
さらに、包囲されたときに備えて待機兵1万を配置していた(結果として機能せず)
カンネーの戦いそのものもスゴイが、敵側に、方位殲滅戦に最適な陣形を取るように誘導した、この戦闘前がスゴイ。最初からここが最終決戦だと定めて今までの勝ち方を演出してきた
第六線目 カンネーの戦い
◆ハンニバルの布陣= 相手が包囲戦を読んでいるのを知った上でそれを上回る戦術
①まず相手を、歩兵に依る中央突破戦略するよう誘導。
②当然、そうさせないために三日月陣形をしき、突出した部分に最強の兵士を配置し、しばらく膠着状態を作る。
③その間に両翼の騎兵がローマ騎兵を殲滅し、後ろに回る。
④撤退しつつ、深くおびき寄せたところで待機していた歩兵により挟撃開始。
(少ない兵で懐を深くし、しかも相手の視野を奪う形で兵を配置する)
⑤さらに③で後方に回った騎兵が攻撃を加えることで包囲殲滅が完了する。
中央に圧縮すれば、いくら大軍勢であろうが包囲が可能になる。四方八方から包囲攻撃に晒された敵は、それぞれが後退してさらに圧縮される。敵は剣を振るう空間を失って攻撃力は徐々に減退しさらに逃げ場所を失い恐慌に陥った群れは組織力を失う。
包囲された時、交代するとますます戦えなくなる。包囲されたときはどんなにしんどくても前進するしか無い。でも、パニック状態ではそれは不可能。逃げようとして後退した結果、ますます戦えなくなる→士気低下のループで戦えなくなる。
⑥待機兵を除き、戦場に参加した兵士は文字通り全滅。