なろう原作マンガの感想など

歴史漫画のまとめを作るはずだったのに、いつのまにかなろう原作マンガの感想ばっかりになってしまった

ホークウッド 騎士には名誉を、傭兵には金を

すげえ!

クレシー、カレー、ポワティエの戦いのうち、クレーの戦いに焦点を持ってくるとは。
そしてエドワード黒太子をダシにして、ホークウッドすらダシにしてエドワード三世が主役だと!!こんなの予想できんわ。

この作品は、ホークウッドの名を冠してはいるが、ホークウッドに関しては序章もいいところだ。百年戦争ですら序章。こんな贅沢な無駄遣いをしてる漫画が出せるってすごいなマジで。


ここから引用。

俺は他人を信用しない。相手が善人ならなおさらだ。善人は気のいいやつが多いが貧乏くじばかりひく。信用すれば俺まで巻き添えをくらっちまう。だが悪党は違う。悪党は自分のとかになることしかしねえ。抜け目なくことを運び、やばい時は他人を踏み台にしてさっさと逃げる。そういうやつでなきゃ信用できねえ。俺は悪党以外他人を信用しねえのさ。あんたが悪党でよかったぜホークウッド。



騎士であることは特権である。馬一頭は百姓1人が生涯に納める税金よりもはるかに高価なものであり、騎士はその所有を許された特権的な富裕層だ。柏間上から人々を見下ろし馬の脚力を自在にできることで優位に浸る。支配階級である騎士たちは自らの特権を守るために、戦いの決まり事を自分たちに都合の良いように定めてそれに従わせようとした。堂々たる戦いや勇猛さこそが誉であって、戦力そのものの優劣よりも騎士道言う観念こそが重要だと信じ込ませようとしたのだ。

かつて、騎士たちは、弩をあまりにも無慈悲な武器であるとして教皇に訴えて禁止令を出させたことがあった。やつらの目論見もわかる。

弩は鍛錬を積まなくとも、引き金をひきさえすれば誰にでも矢を射ることができる武器だ。すなわちそれはたとえ平民にあっても騎士の命を奪うことができるということだ。特権的な騎士が平民に敗れることがあってはならぬ。禁止令を出させたのは、弩が騎士の優位を脅かすものであると真に恐れていたことの証左でもある。この光景を見るがいい騎士達よ。騎馬が最強との思い込みはすでに幻想に過ぎないのだ。

⇨ばかめ。弩が騎士を倒せようと、傭兵が騎士に雇われる立場であるかぎり、結局は騎士の作った決まりの元で戦わねばやらんのは変わりないってことだ。

⇨戦では騎士の時代なんてものは特に終わっていやがるがな。この世の中はまだまだ騎士の時代だってことなのさ。騎士の時代が終わったのは間違いないが、傭兵の時代はまだ来ない。

もはや、騎馬こそ最強と信じることができないかもしれない。だが騎士を中心に作り上げられたこの世の仕組みを崩すわけにはいかない。例え敵を倒したのが弓矢であろうとも戦いを勝利に導いたのは騎士でなければならんのだよ。

⇨もはや騎士道など存在せぬ。先の戦いで騎士道などと言うものはもはやありはしないのだと悟った。あるのは騎士という見てくれの権威だけなのだ。だが世が騎士の時代であることは変わらない。どれほどの愚鈍であろうとも騎士の肩書きさえあれば高潔な人物として振る舞うことが許されるのがこの世の中なのだ。御前が騎士にふさわしい人間かどうかなどもうどうでも良い。私は強くなとお前と戦いたいだけだ。

⇨しみったれた騎士の権威など俺には必要ねえ。どんな相手でも戦い方次第だってことは、お前さんだってもうわかっているはずだぜ。騎士の肩書きなんてなくたってな、俺は俺のやり方で傭兵の時代を作ってやるぜ。



この漫画面白い。

騎兵が傭兵を取り入れるようになることで、戦争のルールも変わり、さらにペストで領主の力が弱まった時代の話。

地位を保証されて、誇りや名誉のために戦えていた時期が終わり、忠誠心ではなく勝って生き延びることが求められるようになった時代。

まさに正社員という制度をまかないきれなくなった現代に通じる感覚だ。
ただ、この時代は、騎士達はりゃくだつか功績を挙げて恩賞を得るしかものを得るみちはなく、逆に傭兵はスポンサーさえ見つかれば、戦場に参加してるだけで報酬がしはらわれる。さてどっちが良いか?


騎士達は勝手に自分たちのルールを設定してその枠内で戦っていたが、それ故に、そのルールに従わない人間に好きなようにやられていく。





傭兵部隊のやりくりを描いているが、なにより
傭兵と騎兵の価値観の違いを丁寧に描いている。


傭兵隊長の戦い方、
騎士団の戦い方、
王の戦い方、全てが違う。

傭兵の小隊レベルでいくら頑張っても王の戦いが間違っていればやられるだけ。


しかも傭兵の価値観は刹那的で利害関係次第。調子が悪くなればすぐに離反される。
二百やそこらの傭兵を維持するのがこれだけ困難な時代に、万単位の兵を率いるには何が必要か。



ちなみにこの戦いにおけるフランスの立場は、元寇を食らった北条家のくのうに近い。
外敵から国を守らなければならないが、勝っても与える領地がない。

制度的なもんだいてんなんだよねこれ。



シャルトル騎士団のリシャール・ペリエはなんだろなこれ。
騎士道と名乗れば何しても許されると思ってる狂人か?

「狼の口 ヴォルフスムント」 モルガルテンの戦いが壮絶

8巻で完結したので読んでみました。


この作品は、一時期残虐描写で話題になりましたが、大枠としては「スイス独立運動」(スイス森林同盟とハプスブルク家の戦い)を描いた作品であり、そのゴールは歴史的に有名な「モルガルテンの戦い」で締めくくられます。このモルガルテンにおける壮絶な戦いに至るまでの経緯を描くのがこの作品です。


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それは中世の西欧で、騎士たちが体験したことのない、新しい形の戦争だった。騎士=貴族が戦場を支配する時代の終わり、すなわち、武装した一般民衆が戦争の主役をつとめる時代の幕開けである

この戦いがあったのは1315年。

フランスとイギリスが百年戦争に突入したのは1339年で、こちらは末期まで騎士が活躍していたので、スイスの民衆の戦いは騎士たちにとって恐ろしいものであったでしょう。

このモルガルテンの戦いを単体で描くと、そのあまりの容赦の無さ、騎士道のルールを踏みにじる残虐さに民衆ひどい、ってなるところですが、この作品は歴史的経緯(ハプスブルク家のスイス弾圧の歴史)を説明する代わりに、「ザンクト・ゴッドハルト峠」に設置された「狼の口」という架空の関所における残虐行為を描くことで、ハプスブルク家がどれだけ森林同盟三州からヘイトを集めていたのかをこの上なく雄弁に伝えてくるのがすごいと思います。

実際はこのあたりの歴史は、神聖ローマ帝国内における王位継承権争いとも絡んでいて非常に面白いので確認してみると面白いでしょう


この時代の戦争の雰囲気を、特に説明無く絵で見せてくれるところがすごい

また、この作品中にはすでに鉄砲(ハンドゴン)の原型が登場していたり、ギリシアの火(焼夷弾)、フス戦争(1419年~1433年)の頃にはすでに鉄砲が戦場に登場するようになります。

特に説明はありませんが、攻城戦の描写とか、農民たちの武器とかまで細かいよなぁ……

日本が元寇(1274年~)の際に体験した「てつはう」はまだまだ実用的なものではなかったわけですから、やはりヨーロッパはかなり戦争に関して進化していたようにもいます。こいつらほんとこええな……

百年戦争に関連するマンガ

「乙女戦争」が面白かったので、同時代について触れているマンガなんかもちらほら探して読んでいます。

この時代のマンガは、馴染みがない分とっつきにくいですが、逆に分かってくると本当に面白いですね。作者の方の努力いろいろと見て取れて楽しいです。

また順番に読んだときのメモを書いていきますね。

続きを読む

恋愛こそ、やりたい人、向いてる人だけがやればいいと思う

先週PTAについて「やりたい人だけやればいいじゃん」みたいな言論が盛んに言われていましたが、私は恋愛こそ「やりたい人だけやればいいじゃん」って声が上がってきてほしいなぁと思います。
「恋愛メリトクラシー」というのが無条件で受け入れられてるのはなんか気持ち悪いなぁと昔から思っているので。

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読みました。

実体験を経て「女は男を見る目がない」「女は醜い」という女性観を持つに至った非モテ男性にとって、恋愛工学が描く利己的で醜悪な女性像は、自らの考えを肯定し正当化してくれる、とても魅力的なものとして映る。女性をモノに(『物』に!)する度に、彼らは女性の醜さを再確認する。「このようなゲスな手口に簡単に引っかかる女は、やはり男を見る目がない、醜悪な生き物なのだ!」と。この行動によって、彼らは自らの「女は醜い、男を見る目がない」というミソジニーに更に確信を深め、正当化させていく。

このあたりとても納得できる内容だと思います。



ちなみに私にとって、恋愛工学生のイメージは以前読んだこの記事ですね。
ネット上で話題の「恋愛工学」がよく分からないので工学生に直接メソッドを聞いてみた - ぐるなびWEBマガジン
この記事に登場する人物は、たしかに上に書いているように女性に対する敬意らしきものは感じられず、アイテムのように扱っていると感じます。あと発言を読んでいて不思議だなと思ったのは「恋愛工学メソッドとの相性」を「自分との相性」を混同していることですかね。

まぁ、メソッドが刺さらない子もいますからね。でも、刺さる子もいるわけで、そういう子の方が自分と相性がいい相手であることは間違いないわけです。

この人にとって、恋愛工学は、オタクにとってのオタクグッズのような「殻」になっているのかもしれません。己の内面をさらけ出さずに「メソッド」(オタクにとってのオタクグッズ)で人と接するというあたりは、根っこの部分で似通ったものを感じさせます。



ミソジニー」だけでは不十分で、「エスタブリッシュメント側」を希求する心が恋愛工学に必要不可欠なのかもしれません

ただ、それだけだと納得できない部分もあります。

私は最近まで某アニメアイコンの人をずっとウォッチしてきました。この人はミソジニー発言が有名な人で、まさにこの引用部分そのものの発言をtwitter上で繰り返していました。その上で己がミソジニーであることはきっぱりと否定しており、「ミソジニーな人は、己の女性嫌悪を正当化しようとする」という部分も上の指摘に通じるものがありますね。

しかし、この人物は恋愛工学生に食われるような女を憎悪しておりながらも、恋愛工学そのものは否定しています。つまりミソジニーだから恋愛工学にハマる、というほど単純ではないようです。ミソジニーを抱えつつも「恋愛工学にハマるような人間だと思われたくない」という面倒くさい人の存在、あるいは女性フォビア、恋愛フォビアの人たちなどの存在も考えると、ことは本当に面倒くさいなと思います。ちなみにこの方を見ていると「学歴批判」「社畜批判」の他、トランプが指示されるのは当たり前というような発言を繰り返しています。つまり一貫して「反エスタブリッシュメント」なんですよね。こういう人たちは、「努力すれば自分が女性の上に建てる」という考え自体を持てないのかもしれません。単に「女性に虐げられている」「これまでもこれからも学歴のいいやつに虐げられ続ける」「会社員になってるだけで偉そうな顔をされてツライ」そういうところでぐるぐる回っているだけの人は、どれだけミソジニーを持っていても恋愛工学にすら希望を持てないということかもしれません。

一方、タラレバ娘たちも、上のぐるなびの記事の印象では「恋愛工学」を取り入れる人たちも、倫理的側面はともかく、非常に勉強熱心であり向上心が高い。「自分が優れた異性を手に入れる能力や資質がある」という点については何の疑問も持っていない感じです。このあたりの違いは結構大事かなと思います。



恋愛に向いていない人間は、恋愛メリトクラシーの世界の外側に出たほうが良いと思う

それにしても、これ見てると、「とある科学の超電磁砲」のレベルアッパー編思い出しますね。「超能力のレベルに寄って扱いが全く変わり、無能力者は人間として扱われない」そういう世界観。この中で、無能力者たちが、違法だと分かっていて、効果の怪しい「レベルアッパー」に手を出し、そして、そのうちの何人かは、能力を手に入れた瞬間復讐として自分を虐げていた人たちに報復を行っていました。

恋愛が苦手な人にとって、恋愛の勝ち負けよって人の価値を語りたがる人たちの世界は同じように見えているのかもしれません。

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(失格人間ハイジ29話より)

こういう世界観を持ってたらそりゃ、何を持ってしてもレベルを上げる方法が欲しくなるよね。「恋愛工学」みたいなものが「レベルアッパー」に見えてしまうかもしれない。自分のことだけで手一杯だから、恋愛が相手あってのものみたいなことを考える余裕なんて無いでしょう。ミソジニーとか復讐云々というより、「とにかくレベルを上げてバカにされたくない」「一方的にやられっぱなしは嫌だ」くらいの感覚何じゃないかなと思います

被害者意識が強い人達の中には、それを手に入れたらその力を使って復讐したくなる人間が一定数現れるのは仕方ないとして、根っこの部分は「とにかく今の苦しみから解放されたい」っていう切実なものがあるんじゃないかなあ。


なので、上の記事は納得できる部分もあるんだけれど「自傷的」「ミソジニー」的な人たちばかりでもなくて、(彼らの中では)前向きな要素もちゃんと拾ってあげたほうがいいかもしれないなとは思いました。そこまで認めてあげないと「方向性が間違ってる」という話に耳を傾けてくれるものではないかなあと。



まぁ、そもそもを言えば、彼らの「恋愛のスキルによって人間としての価値が決まる」という世界観自体が壊れてるとしか思えないので、私はそこまで苦しいなら、向いてないなら、恋愛なんて気にしなきゃいいじゃんってついいいたくなってしまうのですが……この発言も恋愛工学にはまってるような人たちに言ったら追い詰めてしまうだけなので言ってはいけないやつですが。



まーとにかく。恋愛の歴史を遡ってみたら、恋愛なんざ明治以降の話であるし、まして「一般人」が恋愛結婚だーなんていうのは高度経済成長に入って以降の話なので、恋愛できなきゃ人にあらず、なんて考えはそんなに深刻に受け止めないのが一番だと私は思うんですよね。

ハイパー・メリトクラシー - Wikipedia

「対人スキル」が評価されまくり、その中で特に「恋愛」が過剰に評価され続けてきた時代ですが、こんだけ経済冷え込んできたら、もう一部の人達の趣向になっていくことでしょう。

やりたい人はやればいいし、やりたくない人はやらないでいい。恋愛せねばならぬと人を追い詰めるようなことはやめましょうって感じですかね。


余談ですが
はあちゅうからホリエモンまで!藤沢数希の「恋愛工学」重要対談まとめ | SARAS [サラス]

藤沢さんは恋愛工学に関していろんな人と対談されているようですがメンツが……

1.ホリエモン
2.元ライブドア取締役・熊谷史人
3.レオス・キャピタルワークスCIO・藤野英人
4.LINE株式会社・上級執行役員 田端信太郎氏
5.AV監督・二村ヒトシ
6.元フジテレビアナウンサー・長谷川豊さん
7.はあちゅう

こんなん卑怯すぎるでしょ……メンツみただけで絶対笑ってまうやん。

乙女戦争7 絶体絶命の状況からの大逆転勝利。しかし、ここからはひたすらつらい展開

マンガでもこんな展開にしたら怒られるだろ、っていう展開が
実際に起きるから現実の歴史ってすごいよな……。


ハンガリー諸侯をまとめていた皇妃バルバラを廃しようという企み

フィリップ・スコラーリは、直轄軍による支配を求めていたから
バルバラによって諸侯がまとまっている状態。

クトナー・ホラから脱出して、コリーンへ退避

敵陣は「ネボヴィディ砦」。
指揮官を失ったにも関わらず、戦意は高く結束力があるのは最悪の状態。


クマン人傭兵の裏切りにより勝利を収める

しかし、オレープからの援軍が来て勝利する。
さらにクマン族を味方につけることで勝利し、二度十字軍を撤退させる。

○ネボヴァディの戦いに勝利
○ハブリの戦いで勝利
○ニェメツキー・ブロト陥落


という奇跡的な勝利。これは気持ちいいいい!!!

でも、ここが絶頂。


ボヘミア封鎖。

快進撃はここまで。
ここからは「長期戦」に持ち込まれてしまい、後は為す術無く滅びていくだけ。

見てきた所、過激な思想がボヘミアを疲弊させているようです。
当然でしょう?みんな平等に清く貧しく生きていこうなんて話無理がある。
ですから、ボヘミアに通じる街道を封鎖し、ものと金の流れを断ちましょう。
ボヘミアは私法を帝国に囲まれていますから、
すぐに干上がって、内側から崩壊するでしょう。

少々時間はかかりますが、確実に勝てる作戦です。

ABCD包囲網のよりエグいバージョンですね。

しかも、この期に及んで、まだジェリフスキーなどを好きにさせていたのが致命傷。清貧を良しとする考えは良いとしても、カトリックを全て的にまわし、弾圧するという典型的なダメ指導者。弱い立場のくせに異端審問をやれば、権威を示すどころか、衰退を早めるだけ。
まぁ、ようやく気づいて翌年に暗殺しますけどね。手遅れすぎた。



後は滅びの道を歩むのみ。



チェコの伝説「ディーヴチー・ヴァールカ」

・ヴラスタ(女子軍総大将)
・シャールカ(角笛を吹く乙女。今作では「笛」を撃つ天使ですね)

などはこの作品に登場するらしい。

この伝説をモチーフにしているのがスメタナの「わが祖国」で、第三章の曲が「シャールカ」だって。

こういうの、わかってる人からしたらすごい面白いんだろうなー。

最近ニーベルンゲンの歌のあらすじを知ったけど、ホントひどい話なんですよwww
ただ、そのエッセンスを同現代に持ってくるかとか考えると面白いよね。

乙女戦争6  ワゴンブルグ戦法の天敵「クマン人(韃靼人)」傭兵

あー。「韃靼タイフーン」も読まないとなー。



このあたりからは史実の戦争は苦戦が続く一方になるし、ジシュカもあと数年後には病死する。
ここからは厳しい撤退戦、生き残りをかけた戦いになる。
「女の子がひどい目にあう話」の部分が徐々に大きくなっていくのかもしれませんね。

「長征」や「石の花」といった作品に近いものがあるけれど彼らは最終的には勝つ。
でも、この戦いは最終的に全滅する。「太平天国」や「レッド」のような戦いをどう美しく描ききれるか。
作者は本当に難しいことをやろうとしてるけれど頑張って欲しい。


ソウルジェム

今ならラウラの気持ちよくわかる。こんなに汚されたら元には戻れない気がする。
悪いヤツラを皆殺しにして血みどろのぐちゃぐちゃになっちゃいたい。
でもそれって、なんか悔しい。
私はシャールカみたいに変わらずにいたい。なんでもない顔で皆と再会したい。

この一年余りであの子は親しい家族や仲間を沢山失った。
そのたびに強くなったようにも見えるけれど、傷は残っているはず。
心の奥に何かが積もり積もって、ある時、限界が来る。
もし今がその時なら、あの子の戦いは今終わる。

クトナー・ホラ防衛戦。1万2千に対して敵は10万。

ジシュカの求心力は落ち、急進派のジェリフスキーが制御できなくなってきている
防衛戦にも関わらず、市民を敵に回す行為を行うなどバラバラ。
「コンラート・キーザー」の兵器などもあまり役に立たない。
傭兵隊長「ジョバンニ・アクート」の弟子「フィリポ・スコラーリ」の戦術もえげつない。

それでも、ジシュカの戦術でなんとか渡り合う。

しかし、ジェリフスキーの行為のせいで、クトナー・ホラカトリック市民が放棄。
フス派市民を虐殺して十字軍を引き入れたためあっけなく陥落。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%89%E3%83%AC%E3%83%84%E7%B4%8D%E9%AA%A8%E5%A0%82

セドレツ納骨堂は非常に有名。


「稲妻作戦」で包囲網を突破し、本陣を攻撃する

なんか「キングダム」でも見たなこういう破れかぶれ戦法w
こういうのばっかりがうまくいくと面白くないんだけれど、今回くらいはまあありかしら。

ただ、生き延びた兵士は1000名弱しかいなかった。


戦局としては完全に敗北。「ガンパレード・マーチ」などの奮起によって局所勝利しギリギリ生き延びる。

戦局が不利になったことで、フス派の貴族は様子見で援軍を出さなくなる。


クマン人

モンゴルに破れ、ハンガリーのもとで自治区を与えられる。
15世紀頃までにはほぼ定住化・キリスト教化した。


ハンガリー軍参謀の「フィリップ・スコラーリ」と「ホークウッド」の関係

あー。「ホークウッド」ってマンガもあるね。この漫画とリンクしてくるとは思わなかったけど。

乙女戦争5 内部分裂の危機と「アダム派」「ビカルディ派」の粛清

だんだんとオリジナル要素が増えてきて、資料調べながら読むのが面白くなってきたのでなかなか先に進まないでござる。

ボヘミア第二の都市 クトナー・ホラを攻撃するも失敗

二度目の十字軍決議

・オーストリア公 アルブレヒト・フォン・ハプスブルク
 神聖ローマ肯定家ルクセンブルク家のエリザベートの間で婚姻。

ハンガリー初行軍だけでなく、ブランデンブルグ辺境伯、オーストリアからも軍隊を派遣。
 

フス派の中でも内部分裂が発生し、粛清が起きる

・これも史実かどうかはわからんのだけれど、戦争で追い詰められると、終末論とか過激な行為に走るのはよくあることよね。最初はまともなことをやってた人たちでも、だんだんおかしくなるやつ。

《アダム派》は実在した一派でした。フス派の内部にもいくつもの分派があり、ターボル派のような急進的な一派やより穏健な一派もありました。その中にマルティン・フースカという説教師が率いる《ピカルディ派》というかなり過激な一派があり、《アダム派》はそこから派生した一派のようです。フス派はこうした内部の価値観の違いを大きな課題として抱えながら、カトリック派と戦っていくことになります。

初戦は農民兵の寄せ集めだってのに。一人でも勝手な真似をするやつがいたら命取りなんだよ。

軍規だけが取り柄の寄せ集め軍隊。

「理想の共有」とか「結束力」だけが取り柄のものは、早く勝利出来ないとすぐに内ゲバを起こす。ちんしょうごこうのらんの頃から、太平天国中華人民共和国からソ連やら日本赤軍に至るまでなんでもそう。「利害関係」を度外視しすぎると長期戦を生き延びることが出来なくて、精神論が幅を利かせる。精神論だけになったら、過激派だけが生き延びる。ブラック企業もカルトも一緒だ。ちゃんと考えてなかったか、あまりに環境が厳しすぎると、そうならざるを得ない。

成功したところは、北条氏のようにさっさと源氏を滅ぼすか、イスラム教国家のようにさっさと国を割ってそれぞれ独自にやるし、ちゃんと利害関係も考慮する。力をきっちり持つ。

ここの暮らしも悪くなかったよ。戦争に比べたらね。ただ、誰にも心を開けなくなるだけ。親しくなってもすぐに死んでしまうもの。真っ暗な穴の底に要るみたいだった。ずっと祈ってた。さみしくて、会いたくて。

失敗した例から学ぶのは難しいが、失敗したものを知っておいて、なぜ失敗したのか、どうすれば成功するのかとう意識を持ってないと、成功したものだけをみてもコツがわからないのだから世の中って難しいよね。自分で考える力がアレばこんなことで悩まなくても済むんだけれど。



あーそういう身では山本直樹「レッド」は完結したら絶対に読まないとね。