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歴史マンガはいい文明

「風雲児たち」から初めていろんな歴史マンガを読みます。オススメの歴史漫画あれば教えてください

「子供の経験値」と「大人の経験値」について

仕事マンガ

前ブログの記事を一部修正。 私、1年以上前から承認欲求の話とかしとったんやな……。


http://d.hatena.ne.jp/Zucce/20100511/p1
2010年の記事だけれどすごく面白い。
麻枝作品は、初期からユングの理論などがかなり入っており、そのあたりいろいろ解釈してみる楽しみがあったので、「AngelBeats!」でも同様に、一度何も考えずに作品を楽しんだ後はこういう視点で解釈してみるのは大いにありかなと思います。(自分がアニメを見るという習慣を得るきっかけになった作品なので、もう一度見返してみたいと思ってたりします)

エリクソンの提唱する発達課題の各段階とその心理的側面
乳児期(基本的信頼 対 不信)
児童期(自律性 対 恥、疑惑)
遊戯期(積極性 対 罪悪感)
学童期(勤勉 対 劣等感)
青年期(自我同一性 対 役割の分散)
壮年期(親密さ 対 孤立)
中年期(生殖性 対 自己没頭)
老年期(統合性 対 絶望)

んで、まぁAngelBeats!の話は上の記事読んでくださいってことで、ここから先は「シアター!」という別の作品を引用しつつ、児童期~学童期あたりの経験って大事だよねという話をば。


 

ネットに見る子供っぽい人の問題は、承認不足ではなくて「子供の経験値」が足りないことではないか

優等生って時点で子供なんだ。変に大人びてるのは仕事の経験値だ。小さい頃から大人の世界で働いてるから年に合わない大人の立ち回りができる。社交の能力も高い。その分子供の経験値が欠落してるんだ。学校でも仕事をしてる子ってことで特別扱いだったってことは知ってるだろ?同年代の友達なんか全然いなかったんだ。だからケンカの加減もわからないんだ。ふつう二十代も半ばの女がカチンと来たからっていきなり物は投げないだろ。癇癪起こした子供じゃあるまいし

要するにこの子は思春期のやり直しをしてるんだろうな---なんてことを思った。子供の頃から自分の名前を看板に仕事をしてきた千歳は、普通なら子供だからと許される子供っぽい振る舞いを許してもらえなかったことがたくさんあるのだろう---周囲にも世間にも。
(中略)
子供の経験値が足りない分だけ、引き際を失敗しそうな気配も濃厚だ


ここでいう「子供の経験値」とは何かというと*3上で書かれてるように「同年代との対人関係における失敗およびそれに付随するもろもろ」の経験だと思う。子供だから対人関係においていろいろ失敗する。そうやって失敗した時に「その失敗を許されつつ」いろいろ学べることがあるような気がする。

シアター!」では

①どの程度までは許されてどこからはまずいのかを察する能力
②失敗した時にどう仲直りするの作法(対人関係に特化した話)
③不満や欲求をストレートに表現して相手のフィードバックを受ける経験

なんかが「子供の経験値」として描かれている。こういう感覚的なものは、子供時代に経験しておかないと、というか「同年代の人間とのもみあい」や「大人からちゃんと子供扱いされる」という経験がないと、なかなか身につかないのではないか、と思ったりしました。

有川浩といえば、なんでも恋愛ものにしてしまうという感じありますが、一方で、自衛隊三部作でもそうでしたが大人と子供の関係を意識して描く人かな、と思ってます。まぁ子供っぽい主人公が大人と交わって成長するのを見守る視点が好きなんでしょうね。

大人の経験値ってどんな感じ?

対する「大人の経験値」については「失敗せずにうまくやる」「信頼を蓄積する」行動レパートリーとして描写されていると思う。 大人というか仕事の世界だと多分好き嫌いよりも信頼がベースになってくるため、「約束を守る」とか「注文をきちんとこなす」みたいな点に力点が置かれてる感じ。

見栄をはらない。仕事ができないよりも、できない仕事を出来るって言いはる方が迷惑だ

って言葉にそれが象徴されている。本人のプライドとかより仕事の方が大事だって感じで描かれてる。

大人の経験値はもちろん足りないけれどそこはまだ問題じゃないと思う。それは今から仕事をしていく中で身につけていけると思っている。本当に問題なのは、子供の経験値が不足してることなのではないか、と思ったりする。子供時代の経験値不足を放置したまま、おとなになれといっても難しいのではないかと。

私は「子供の経験値」が足りなくていろいろ子供っぽいらしい

ところで、他人事のように書いてますが、これって自分のことです。

つい最近とある人から「君はカッとなりやすすぎる」と指摘されました。「癇癪起こした子供」になりやすいと。まったくもってそのとおりだと思います。私、このあたりの感情制御ものすごく下手なんですよね。ほかにも「子供の経験値足りない」と言われると心当たりがありまくりです。大人の経験値が足りないのはもちろんのこととして、私はそれ以前の問題なんじゃないかなーと。人の心配してる暇があったら、自分もこの部分の不足を補うべくなにか行動を起こす必要があるのはわかってるんですけどね・・・経験不足故に臆病なのです。でもこれについては意識して経験つまないと駄目なんだろうな、と。そんな感じです。

そんな感じで、もう他人からは無条件で大人と呼ばれる年齢になっていて、もうオッサンの領域に足をつっこみかけているのに、いまだに「大人になりたい」って思ってるわけで、そのこと自体、私って精神的に子供なんだなー、大人になりきれてないなーとしか言いようがないな、と。



余談。

シアター!」で一番きにいったのはこの部分

そつがなくて器用な人は最初からあきらめなくちゃならないことがあるんだよ。世の中、手のかからない子は我慢が多いようになってるんだ。ずるいとか思っても仕方ねえの、世の中そういうことになってんだから。損だからって切り捨てられたら簡単だけど、スズのこと切り捨てたい?

私は「こういう意味での損」ならむしろしたいな。損であろうが「しっかりできる」方がずっといい。 どんな時でも人に頼らなければ生きていけないのは怖い。やはり我慢するかどうかも自分の意思で判断できる人間でいたい。 その上で、一人では何もできないから、むしろ人を支えるような立場になれればいいな、と願ってます。




さらに余談。
なんでまた昔の記事を取り出してきてるかというと、最近になって、また同じようなことを思わされる作品読んだからですね。最後まで読み終わったら感想書きたいと思ってるけれど、こちらの場合、正真正銘子供が主人公なので、読んでてつらいです。