歴史マンガはいい文明

「風雲児たち」から初めていろんな歴史マンガを読みます。オススメの歴史漫画あれば教えてください

ロジックが通用しない「実存お化け」への嫌悪と憧れ

まだ考え途中なのでメモ程度。
最初に言っておくと、思いつきなので何もかもが曖昧である。
「実存」ってなんだよとか「ロジック」ってなんだよと言われても、わからん!


実存が強く、かつロジックにまったく敬意を払わない人を
「実存お化け」と呼ぶことにする。


実存が強すぎてロジックを超越してしまう人々

論理的な文章中に自分語りを入れるのはそれ単体では悪い事でもなんでもないと思っている。 それは単に自分の意見を通して説得するための技術の一つだよな。ロジックは否定できても、他人の実存を否定するのは難しいものなのです

・・・「ロジックは否定できても、他人の実存を否定するのは難しいものなのです」はすごくよく分かる。

ただ、ロジックじゃなくて実存(人格)をへし折らないといつまでたってもロジック無茶苦茶なことを語り続ける人をずっと見てきた。故に、実存強い人ほどロジックはしっかりしてほしいという気持ちが強い。

実存が強いだけなら問題はない。

たとえば、はてなコンビニ店ことMK2さんの記事。
http://lkhjkljkljdkljl.hatenablog.com/entry/2013/07/09/010904

MK2さんは実存がめちゃくちゃ強い、というか強固なのだろう。 彼は己の強すぎる実存、および己の実存が他人に影響を与え、最悪他人の実存を圧殺してしまうことを非常にを恐れてもいる。 それゆえにロジックというか、仕事において他社との整合性を極めて重視する。 あるいみ己の実存を「他社との付き合いの場においては」飼いならそうと必死に努力しているように感じる。こういう人は「実存お化け」とは言わない。




ただ、実存があまりに強すぎて、ロジックを超越し、そのまま己の実存がロジックを則ってしまう。実存そのものがロジックになってしまう人は間違いなくいる。最近「モズグス型」という言葉で表現されている人達などがこの「実存お化け」に近いだろうか。

http://www.amakanata.com/2013/06/blog-post_21.html

元々は激情タイプだが、それを外に出すと世間では受け入れられないことをよく知っているから、とても穏やかな素振りを普段は見せている。彼らは微笑みを絶やさない。だが、自身の信じる「原理」を否定されたり、立場が下の人間から反抗されたりすると、途端に怒り狂い、罰を与えるまで収まらない。

こうなると、もはや他者とのコミュニケーションは困難である。

普通の人でも、関係性によってこの状態に陥る。たとえば親が子に対して一方的に己の生き様を押し付けるのもこのパターンになるだろう。 親は子に対して実存お化けみたいになってしまうことが多いと思われる。




「実存お化け」にどう立ち向かえばよいのだろうか

ロジックを否定されても実存を否定出来ないなら実存をへし折るしか無いのだろうか。しかし他人の実存をへし折ることはRPGならともかく現実において認められるのだろうか。


小倉弁護士「上杉さんが自殺する以外に、どういう解決が現実的に考えられるのだろう。」
http://togetter.com/li/516728


・「岩手県議員 ブログ炎上 自殺」
http://japan.cnet.com/blog/kurosaka/2013/06/25/entry_30022569/


加害者になりたくなかったら、素直に逃げるしか無いのだろうか。



「実存お化け」の根源にある「まがい物の自己承認」「認知の歪み」をどうやって自覚するか、どうやってそこから離れるかに興味があります

http://d.hatena.ne.jp/TM2502/20120926/1348673235

自分の価値を「自分が認めた人からの承認」という外部に置いているから、他人からどれだけ直接自分がおかしな人間であるかを指摘されても全く自分を省みることはない。原理的に省りみることが出来ない。

承認の根拠の在り処を、自分がコントロール可能な領域の外においてある




私は自分の「実存」と呼ぶべきものが極端に弱い。
だから「じぶんらしさ」というものがわからない。感じ取ることが出来ない。
「今の自分は自分らしい」と思ったことがあまりない。
ただ「何かが間違っている」「こういうことは許してはいけない」と思った時だけ妙に心が動く。否定の方向にしか心が動かない。

だから、お化けになってもいいから己の実存、自分らしさというものを感じてみたいと思う。 でも、「ねじれた自己承認」「外部評価に頼った自己承認」に陥るのは怖い。そういうことをgdgd考え続けているせいで、何時まで経っても同じ場所で足踏みしている。 

いい加減先に進めるようになりたい。