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争う必要がないのに与党も野党も相手憎しで理性を失ってるの、ばかばかしくてついていけない

財務相、被害者なしではセクハラ認定できず - 共同通信
正直この件、攻撃してる野党が正しいとも思ってない。

今の状態で事務次官を犯罪者と断罪するのは間違っている。

普段「安部は法の支配をないがしろにしている」と批判しているのだから、この件についてそのあたりをゆるがせにするのであれば、あんたら結局スキャンダルを政局にしたいだけの人間だろ。という感想になる。

しっかりしてほしい。


こちらのブックマークコメントが本当にすばらしいと思う。
が、これをいうべきは麻生さんだけではない。野党もまたこういうべきだ

id:yP0hKHY1zj 「事実なら許せないのだが、本人は否定している。捜査機関による捜査を委ねるしかない。そのためには被害届を出していただく必要がある。捜査機関はプライバシーに最大限の配慮を。」と言うべきでは。

(1)事実なら許せない

(2)本人は否定している。捜査機関による捜査を委ねるしかない

(3)そのためには被害届を出していただく必要がある。

(4)捜査機関はプライバシーに最大限の配慮を

つまり、セクハラ問題の際に、

「権力関係をもとにしたセクハラは決して許されない(私は権力差がない関係であってもセクハラ的発言は不快だがそこれはいったん保留とする)」し「セクハラ被害者が保護されるのは第一」である。これをないがしろにする発言は絶対にありえない。

しかし、その上で「この件に関しては現時点では推定無罪として扱われなければならない」というルールも重要だということだ。

どちらか片方をないがしろにする人たちは、立法府の人間としてふさわしいといえない。

安倍政権に無罪推定の適用はない(渡辺輝人) - 個人 - Yahoo!ニュース

刑事手続における被疑者ないし被告人に対して、「無罪の推定」の利益を与えることは、近代的な刑事司法の大原則である。その罪責が適法な手続を経て立証され、有罪の判決が下されるまでは、かれはできるだけ「罪のない」(innocent)人として扱われなければならない。むろん、被疑者の中には、「罪のある」(guilty)人が多数含まれており、まして、被告人となれば、統計上の有罪率がきわめて高いことからみても、有罪を推定する方が、むしろ真実に近い。それにもかかわらず、「無罪の推定」という一見逆説的な主張が表明されるところに、市民的自由を守ろうとする近代法の特色がある。

 もっとも、被疑者・被告人を自由な市民と全く同一に取り扱うわけに行かないことは自明の理であり、かれの「自由」は、刑事手続の進展に応じて制約を受ける。したがって、「無罪の推定」は、被疑者・被告人の処遇の原理としてみるときは、その自由をできるだけ尊重し、制約を必要最小限に止めるべきだという--立法者を含めてすべての関係者に対する、むしろ訓示的な--規範にすぎない。

 しかし、公判における立証段階では、「無罪の推定」は、挙証責任の所在を指示する規範として、明確な法的意義を持つ。犯罪事実が十分に立証されない限り、被告人は「無罪」であり、換言すれば、被告人を有罪とするための挙証責任はすべて検察官にあるという法原則が設定されることになる。挙証責任が当事者間に分配される民事訴訟の場合と異なって、刑事訴訟の被告人は受動的当事者に徹してよい地位におかれるのである。

この記事に基づいても、これは行政の問題ではない。個人が刑に触れるようなことをしたかどうかである。

していないのであれば、あるいは(あまりこの考えにも同意しないが)キャバクラでの発言ならば、少なくとも行政責任の問題ではない。

この点を明らかにせずに大臣を責める人は、冤罪とかスマイリーキクチ事件の時と同じく危なっかしい人たちということになる。


私が#MeTooについて嫌悪感を覚えるのはこういうところである。



正直99%怪しいと思うけど、そこを踏みとどまって、まず先に事実を明らかにすべきだし。
今の時点では「被害者を守れ」にとどまるべきである。

あなたがたが、法のルールを無視してつるし上げを始めるから麻生さんも(2)や(3)をいったわけで、あなたがたがいうところの腐った発言が出てきたのは、もとをただせばあなたがたのせいだともいえる。




まぁ、財務省はいま絶賛やらかし中だから信用できないのはわかるし
音声まで出てきたんだから証拠としてOKと判断するのもわかるけど。
逆に言えばここまで追い込んでるんだからもうちょっと自重できなかったのかと。

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