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ポリコレ棒を振り回すLGBT当事者ではない人々の存在について

私は佐々木俊尚さんのことが非常に嫌いである。佐々木俊尚さんはtwitterでも誤読や誤情報を平気でRTしまくるが、それについても自分は責任を取らないというスタンスであり、イケダハヤト的存在が登場する下地を作った人間である。TABI-LABOの件を見ても情報の正確さにはみじんも興味がなく、とにかく大量に情報を発信することが大好きな人間なのだろうと思う。こういう人が新聞メディアを批判してるのを見るとほんとイケダハヤトの前身だなと思う。

そんな中でも特に彼が以前に表明していた「マイノリティ憑依」って概念は飛びぬけてクソだと思っている。佐々木俊尚さんが主張したマイノリティ憑依は、誤読に戻づく恣意的な解釈であるという点は下の記事で詳細に指摘されている。

文献を誤読して、それをもとに特定の人間の言説を無効化するためだけの概念を作り上げたという意味で、この人は学者でもなんでもないが「御用学者」的なニュアンスのある言葉はこの人のためにあると思っている。

恣意的なレッテルとしての―「マイノリティ憑依」 - 緑の五月通信

弱者や被害者が置かれた立場の矛盾や不当性に共感したり怒りを感じて発言するのはままあることだ。中には、欺瞞や行き過ぎはあるだろう。だが、それらは個別に見るべきなのであって、十把一絡げで「狐憑き」同然に扱うのは無茶ではないか。「こんな定義(マイノリティ憑依)を広められたら、弱者や支援者の正当な抗議活動はdisられ、無効化されてしまうだろう」「これは藁人形論法ではないか」。

(もともとは)被害者と加害者という対立的にしか見えない関係も、見方を変えれば実はともに被害者なのであって、本来は連帯しうることを気づかせてくれるだろう。小田実も同じ考え方だろう、なんせ、「殺すな」を基点に考え続けた人だから。ところが佐々木氏は、これを一人の人間の内で「被害者性」「加害者性」の認識をバランスさせる問題に矮小化する。両者は相殺の関係にあるらしく、相手の被害者性を無視したら「人を〈加害者〉として断罪し続ける」オーバードーズの罠にはまるというのだ。
まあ、ここまで恣意的に解釈して編み出された定義だから、用法としてはいかようにも当てはめが可能だろう。
佐々木氏は要するに「レッテル張り」をしているに過ぎない


そして、この結論は非常に重要である。

弱者や被害者の立場に立ったつもりで酔っているだけだったり、フリをして実は利用しているケースは、ジャーナリズムでも学会、運動圏にもあるだろう。だがそれらは個別に批判すればよいことだ。

そういうわけで、私は「マイノリティ憑依」という考え方を強く否定する立場であるということをまず強調しておきます。

「マイノリティ憑依」という概念は、要するにフェミニストを十把一絡げに「ちんぽ騎士団」呼ばわりするのと何も変わらない。言葉がそれっぽく見えるだけ実際には佐々木俊尚氏のそういう野次を飛ばすような安易な感覚がもろに表に出た単語である。とうてい許すわけにはいかない。

しかし、ここまで「マイノリティ憑依」という概念を強く否定する立場ではありますが、一方で、ポリコレについて度を越えた振る舞いが目立つ人たち、なによりポリコレを主張しながら全然コレクトに見えない頭の狂った方々がいるということは指摘しなければいけないと思ってる。

たとえポリコレの看板を背負っていようが(たとえば痴漢被害者の側に立つだとか、差別に反対だということを言っていようが)、言ってることがおかしい人間に対しては「お前の言ってることはおかしい」とちゃんと個別に言っていかなければいけない。それを言いにくい雰囲気だからこそ、佐々木俊尚さんの「同じくらい言ってることがおかしい」概念が、カウンターとして支持されてしまうのである。そういう「おかしな人」が目だったり持ち上げられたりする展開が続くといつでもこういうカウンター概念が出てくる。


そして間違ったもの同士がつぶし合い、外側から見たらどちらも醜いものだから、まともな人ほど「エンガチョ」になっていくのである。それを見るのが本当に悲しい。


そこで一番問題になってくるのが「当事者でない人たちがポリコレ棒を振り回すこと」である。当事者じゃなければ参加してはいけないとは言わない。だが、彼らは当事者ではない以上やっていいことには制限がある。

この人たちは、「自分の思い込みや浅い知識などによる活動の結果を当事者に背負わせるという最悪の存在」になりうるリスクがある。この人たちがLGBTのためといって行動しても、外の人間は「ただの外部者である」とはみなさず「この人もLGBT界隈の人」とみなす。そして、この人が好き勝手に暴れて周りに迷惑をかけようものなら、LGBT当事者そのものが嫌われることになる。当事者でない人間には、どれだけ善意であろうとも「構造的に自己の発言の責任を自分として引き受けられない」のである

それ故に自分が当事者であるかのようにふるまうことは慎まれなければならない。「Ally」という領分を守れ、というわけだ。
ttp://tyoshiki.hatenadiary.com/entry/2018/04/04/183030

それが今全く守られない状況が続きすぎた結果、それだけ反発が起きているのだと思う。

というわけでとりあえずマイノリティ憑依って言葉が嫌いってことだけ書いてたら疲れたのでこの記事は残念ながらゴミ箱行き。


ttps://withnews.jp/article/f0180406003qq000000000000000W03j10101qq000017134A

反発を感じている人

QJV97FCr LGBT当事者には何とも思わないけどLGBTに理解ある顔して強い言葉を投げてくる人たちには関わりたくないと思う
Ta-nishi ポリコレも多様な価値観のひとつに過ぎず、それを押し付けることは啓蒙という形をとった相手の価値観への介入であることは、忘れてはいけないことだと思う。たとえそれを進めることが「正しい」ことだったとしても。
metalmax この人に正しくない部分がある事とポリコレ棒が攻撃的すぎることは矛盾しない。
soylent_green 気持ち悪く思っていても振る舞いにおいて公正であろうとするのがポリコレのはずなのでポリコレ棒はポリコレなのか問題でも起きているのか
metamix  LGBTの話題でポリコレ棒で殴打してくる連中のほとんどはLGBTではない印象しかない
hiroyuki1983 ポリコレ棒でぶっ叩いてくるのがLGBT当事者とは関係ない連中ってのが一番イヤだわ。当事者に殴られるなら納得感もあるんだが、「いや、お前関係ないじゃん?」みたいなヤツが叩いてくる
citron_908 ポリコレ棒ってか、内面の自由とか口では言っときながら他人の内面を裁こうとする人が社会にはたくさんいるから困っちゃうんだよなあ

ポリコレ棒を怖いのはお前らが汚れてるから、という意見

dekaino 個人的な好き嫌いと社会的規範を正しく区別して行動できていればポリコレも怖くない。そこを分けて考えたくない人は現代社会では生きづらいだろうな。
kusigahama この人にとっては純朴な原風景でも、下着を透かし見られた女子がこれを読んだらどう思うか。批判を理不尽に感じるのは、被害者を生んでる自覚がないからだよ。
vanbraam "理解できない"のは構わないが否定するな,でFA;"この手の議論に関わるLGBTの人は非寛容で被害者意識が強い"はブーメラン.自分の非寛容さにも被害者意識の強さにも気づいていないんだな
→この人たち自分がポリコレ棒で殴られる可能性はないと思ってるよね。特に上の人。商鞅かな?

当事者はとにかく傷ついている

chanmina 「自分がこう考えてる、感じてることを不適切と断罪される」恐怖はいままでLGBTのひとがずっと感じてたことだよ

shinpe30 Bさんの言わんとする事はわかる、でもこの人の言う「実家の花畑」に花が咲く前から汚物や爆弾を投げ込まれ続けて、心を擦り減らしながら生きてきた当事者も多いことは理解して貰えれば、と思う。

saigami マジョリティは「怖いから関わりません」ができる。マイノリティはそれができない。LGBT」の「実家の花畑」はずっと不特定多数の誰かに踏み荒らされてきた。そういうことについてどう思うか

一番大事なのはここなのに、やっぱり当事者を挟んで両岸で争ってる構図になってるよね。


「今すぐ」という話なら落としどころはこのあたりではないかと

dogdogfactory 共感も気持ちの理解もしなくていい。ネコの気持ちはわからなくても「ネコをいじめたらだめ」とだけ思っていればいい。
pikopikopan 思うのは勝手だけど、それを公の場で言わなきゃ良いじゃん。人の顔見てブスとかブサイクって言わないのと一緒。生まれ持ったものを本人の目の前で馬鹿にしたり差別するのが問題
inatax 政治的に正しい振る舞いには知識と想像力が必要。無知に与えるべきは教育であって、問答無用で罰を与える昨今の風潮はあまりよろしくないんじゃないか
snobsnog べつに嫌悪感を無にしろとは言ってないしそんなことは不可能だ。私だって性的嗜好ヘテロだしむしろ狭量なほうだと自認してるけど、ステレオタイプの思い込みで発言するのをやめろって言ってるだけじゃないの?
Lhankor_Mhy 俺もセクマイに限らず偏見なんて売るほど持ってるけど、それがよくないことだというのはわかってる。俺の中で特にそれは矛盾しない。誰かをぶっ殺したいと思いながら、殺人者を非難しても別にいいと思うが
cb-jim う~ん、安全な多数派だった人がそれを脅かされた反応ってことなのかな。「気持ち悪いって思う俺が多数派だったはずなのになんでだよ」みたいな。「怖いから、殴る相手に憎悪を向ける。」ここがよくないとは思う。



今はまずこの「思っても口に出すな」と「内面にまで踏み込むな」あたりで綱引きをするべき段階であって、一足飛びに「そういう風に考えること自体がダメ」とか「無知ゆえの発言でも最後まで追い込め」みたいなことを言ってる人は血に餓えすぎだよね。誰も口に出さない、表立ってバカにしたりしない、ってのが続いたら「なんでそれがだめだったんだっけ?」ってだんだん変わってくるだろうし、それを待つしかないんじゃないの?

trafficker 「今まであいつの足を踏み続けても何も言われなかったのに、最近は足を踏むと踏んだって怒られる」と言ってるようにしか読めない。本能的なんて言葉に逃げずに「なぜ自分にとって気持ち悪いか」考えた方がいい

そうなんだよなぁ。まずそれを考える余裕を作らないと、多分今は考えること自体拒否、という段階。

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