なろう原作マンガの感想など

歴史漫画のまとめを作るはずだったのに、いつのまにかなろう原作マンガの感想ばっかりになってしまった

このかけがえのない地獄

「このかけがえのない地獄」 絶望して死ぬくらいだったら迷惑かけても自分の好きなことやってやる

私の座右の銘とした言葉にこんなのがあります。
ttp://tyoshiki.hatenadiary.com/entry/2015/12/20/113018

つまり、今の私はいい人じゃないですけどね。


女性にとって他人の目を気にしないで生きるってのは男性以上に大変なことだろうけれど

タイトルと表紙絵が興味深かったので手に取ってみた。

現実を斜めから見るような作風の読み切りが多い。残念ながらタイトルのインパクトに勝てるような一品はなかったけど雰囲気は好き。

この作品に登場する女の子たちは世間一般の基準では不遇な子が多い。

・幼いころの自分の夢が叶えられないけどあきらめきれなくて悶々としてたり
・学校でいじめられて自殺して幽霊になってたり
・ギャルゲー(男の欲望世界)の登場人物って役割を与えられてたり
・職場で働くことに耐えきれなくてニートやってたり
・好きな女の子にとって自分は二番目だったり


でもそれに過度に悲観したり絶望したりすることもなく、逆に自己正当化しようとしたり、誰かのせいにしたりとか、そのために他人をマウントしようとかそういうことをしない。

その代り、他人が何と言おうが、小さな範囲でもいいから、自分がやりたいことをやると開き直る。

・「魔法少女」やったろうじゃんか!
・幽霊だけど生きてた時よりは幸せだししばらくこのままで
・作品中ではモブ扱いされることになろうとも私は勝手に好きな子とくっついてやる
・死にたい気持ち抱えながら会社員やるより活き活きとニートやるよ

こんな感じ。特に4つ目の読み切りである「黙れニート」は好き。



なんというか、他人のせいにしたい、というか本当に「誰それが悪い」って確信していることなんか私にだっていくらでもありますが。それを延々と言ってる人って周りからしたらしんどいだけですよね。

なにより、それを言い続けてる間は「自分で何かしよう」って風になりにくいんじゃないかなあと私は思っちゃう。

世の中には「何かに対する怒りが行動の原動力になる」って話もあるけれど、なんかそういう行動はひとりでやらないとだめだと思う。自分の怒りを代弁してくれるのを望むとかあり得ない。怒りなんてただでさえ制御が難しい。なのに、「みんな」になったりしたら、制御できなくななって当たり前だ。私からしたら制御されてない怒りほど醜いものはない。それはただのヒステリーだ。ネットにはその手の「共有された結果制御できなくなった怒り」であふれてる。そんなもん誰が応援するか。正しいか正しくないか以前の問題で生理的な嫌悪感を持ってしまう。



私がネット見てるとそういうのが多くてげんなりすることが多いので(※観測範囲)、もっとこういう「些細なことであっても好きなことをしてる人」をもっと見ないといかんね。


この漫画で描かれてるテンションくらいが、私にとっての萌えポイントかも

テンションが高すぎたり低すぎたりしない。淡々と、安定してる、口数少ない人ってもうそれだけで好き。口数少ないけど頭の中では他人にはわからないいろんなことを考えてます、とかだったら最高。

もちろん「萌え」、つまり遠くから見ている分にはとても好ましいという話であって、人間として好きかどうかは別ですが。