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歴史マンガはいい文明

「風雲児たち」から初めていろんな歴史マンガを読みます。オススメの歴史漫画あれば教えてください

ReLIFE132話 「何か間違ったこと言ってますか?」という言葉の間違い

www.comico.jp/detail.nhn?titleNo=2&articleNo=139
www.comico.jp/detail.nhn?titleNo=2&articleNo=141

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なんともベタな展開だけれど、彼女と同じことをいいたくなった経験は何百回とあるのでやはり胸にささるところはある。 ====


私が最初の仕事で先輩から教わったのは、仕事において「間違ってるから怒られるなんてことはまずない。そのレベルで考えてるなら何も出来ない」ということ

仕事において、間違ってるから怒られることなんてまずない。なぜなら、間違ってるだけなら指摘して直せば良いからだ。そして、そんなレベルで怒る人や、怒られる人のことは考えてもしょうがない。

まともな職場なら、問題になる前にトラブルの原因を考えて未然に防ぐようになっている。で、トラブルの原因って何かというとコミュニケーションの齟齬だ。だから、相手の話や立場を軽視するような態度が一番問題になる。

にもかかわらず、「わたしは何か間違ってますか」という気持ちになるなら、認識それ自体が完全に間違っている。

世界はどちらかが正しくてどちらかが間違ってる、みたいな単純な世界ではない

「わたしは何か間違ってますか」という問いかけをする時点で、自分が間違ってない=自分が正しいとか、相手が間違ってるという話にはならないということがわかってない。

自分がもし正しかったとしても自分だけが正しいわけではない。相手にも言い分はあるし、そちらも正しい可能性がある
。「両方の正しい」を擦り合わせる必要があるのだ。この基本がわかってる人だけが、人の話を真剣に聞ける。自分が正しい。自分だけが正しいと思ってる人は人の話が聞けないであろう。

就職に向いてない人=人の話をちゃんと聞こうとしない人

就職に向いてない人の特徴を5つ上げてるけど単に「発達障害はつらいよ」みたいなことを言ってるだけのクソみたいな記事があったけど、「就職に向いている」というのはつまり「人と一緒に仕事ができる」ということだ。それだけだ。となると、真っ先に必要になるのは簡単にいうと人の話を聞けるということだ。自分以外の誰かを、時には自分以上に尊重できるということだ。

これは上のように認識が間違ってる人には絶対にできない。

そういう意味では、たしかに発達障害かつ有能な人はこのトラップに陥りやすい。なんでも一人でやったほうが早いとか効率的だとか、そういう考えになっちゃう人は他人と一緒に働きにくいだろう。

個人としてのスキルが高かったり成果物のレベルが高いことと、コミュ力があって仕事ができることは全く違う。そのことを理解できない人間は一生コミュ力を改善させられることはない。その意志を持てないからだ。


結局、自分が「この人達のことなら尊重できる」「この人達と一緒に仕事したい」と思えるようにならなければ発達障害だろうがそうでなかろうが職場は地獄だ

まあ一言で言えば、個としての優秀さと集団での優秀さは全く別であって、その違いすら認識できずに優秀さを語っても意味がない。

ネットはとかく個の話しかしないのでつまらない正論や理想論が多くてカスだと思ってるところはある。

一方で、集団の中では無能であったり、個としては優秀なのにその優秀さを発揮できない人がいるのは事実。

個としての優秀さをいくらアピールしても無駄。なんらかの形で誰かとつながる必要は絶対にある。

あんまり個の理屈ばっかり述べてるネット界隈に毒されすぎると、生活の糧云々を除いてもしんどいと思うぞ。

別に集団の理屈になんでも合わせようとは全く思わないけれど、人と一緒に仕事をするということはちゃんと考えないと雨だと思う。


私はなかなかこれがわからなくて、最初の2年位、本当に会社にいくのが辛かった。

社会やら会社のことなんてひとまずどうでも良いじゃないか。

まず、自分の周りに、自分の仲間を作れるかどうかは、別に会社で働くに限らずとても大事なことだと思う。

自分がうまくいかないのを全部社会の問題にしたって、何も解決しない。諦める前に、自分で周りの人に働きかけるくらいはした方がいい。




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ReLIFEに感じる闇について

ところで、この作品、ほのぼの学生ライフのようにみえるけれど作品の背景として「ブラック企業で潰れた人間」や「会社での適応に失敗して就職出来なくなった人間」に対して「社会更生」を促すという鬼畜のような枠組が機能している世界でもある。


どういうことかというと、描かれる「学生生活」がキラキラしていればしているほど、その背景にある「社会人生活」がドロドロして見えるということだ。ただ、「学生生活」で培ったものが、そういう悲惨な「社会人生活」でも役に立ち、なんとかそちらでも生き延びられる様になるかもね、適応できるようになるかもね。今のところそういう路線になっているように感じる。


若者や、疲れた大人向けだろうからあまり社会側のことを描かないのだろうが、今のままだと「現状の社会」を肯定したまま、逆算的にその社会に適応することを促すような形になっているのだが、読者はそれでいいのだろうか?


私ははてなのアホなブロガーさんがしょっちゅうやってる「社会は間違ってる(=自分たちは正しい)」みたいな単純極まりなく底の浅い議論は嫌いだが、かと言って、今の社会を完全に肯定するつもりにもならんのよね。ブラック企業めいたものを露骨に描きながら、そこには手を付けないつもりなんだろうか? 作品を盛り上げる装置としては使ったが、最終的には二人で会社でも作ってうまくやる、みたいなオチにするから無視するつもりなんだろうか。そのあたりはちょっとだけ気になるところではあるかな。