なろう原作マンガの感想など

歴史漫画のまとめを作るはずだったのに、いつのまにかなろう原作マンガの感想ばっかりになってしまった

ネット妖精とポリコレ

受動的に目に入ってくるものだけで考えてると
だいたいそれは、その対象の悪い印象ばかり入る。

能動的に追いかけているもの以外については
シッタカブッダなコメントはしない方が良い。

たとえば、オープンなネットにおけるポリコレの話題はもうダメだ。分断がすでに取り返しがつかなくなってしたまった。南京大虐殺と同じエンガチョモードに突入した。

このモードになると、もはや両陣営が、敵対する陣営の底辺側にいる存在や、ガードの甘い暴言バカを指差しながら、ほら、(相手陣営)はこんな愚かな奴らばかりですよ、と言い合うだけになっている。


こうなつてしまった人たちにとって、もはや現実はイデオロギー論争における勝利のためのエサでしかない。どちらが勝とうが負けようが出てくる意見は現実を無視した数の勝負の結果でしかなく、無意味である。もうこの人たちはリアル世界に生きてない。言葉遊びだけの世界の住人だ。



というわけで、もうほんとどうでもいい。




余談

以前は、名前空間に間違った意味を混入させたり汚染する存在は敵視していた。だから青●才という言葉をはてな限定とはいえ汚染してる豚まんさんはどげんかせんといかん。そう思ってた時期が俺にもありました。

でも、無駄ですわ。こういう人たちって基本的にネットにしか居場所がない代わりにネットでは無敵だから。もうノトリアスBIGのスタンドみたいなもので、スタンド使い本体であるリアル人格はとっくに死んでてその怨念だけが活動してるようなもの。私は青二才さんの本名知ってるけど、もう本人の中でも本名として活動の人格は死んでいるか、極めて希薄化されて、家族との間以外では存在しないと同じ状態と思われる。

そういう状態になってしまった人の話は、それを活かす場所も、比較チェックする対象もない。本人が真実と思っていればそれが事実になる。もうネット人格に本体の人格を食い殺した状態の人は、同じ人間ではない。ネット妖精だ。ネット妖精に我々の常識など全く意味がないだろう。


ネット妖精同士の会話は、私の管轄外です。私は人間の話が聞きたい