歴史マンガはいい文明

「風雲児たち」から初めていろんな歴史マンガを読みます。オススメの歴史漫画あれば教えてください

他人の言葉を引用することについて

周りくどいけど、「コンビニ店長すげえ!」って言いたいだけの記事です。


自分がそこまで頑張れるん人間でないと思うなら、ちきりんさんや堀江さんや勝間さんの言葉を引用したり、完璧に自分に当てはめようとしたり、まして他人に向けて投げかけたりして、まわりまわってブーメラン的に自分がその言葉に縛られるような事態に陥るのは避けたほうが精神衛生上良いと思ってます。とはいえ、私は私でヘタレすぎるとも思う。 素晴らしい言葉を見つけても「こういう言葉があって、これを素晴らしいと思う。憧れる」という感じで、紹介はするけど最初から距離とってたりする。自分自身がその言葉から距離とってるので、他人にも響かない。 これはこれでもったいない。

どうするのがいいかなーって思って人を言葉を引用しながらも良いな―と思う記事を書いてる人を見てみると、その言葉に自分自身がまず惚れ込んで、他人には押し付けないけど自分はその言葉に沿って頑張ってみようとしている様が伝わる。ちゃんとその言葉を受け止めて格闘しようとしてる。 失敗しても「ここまでは頑張った」なんて感じで前進してる。こういう感じになると、その言葉には意味があるんだってわかる。 

言葉って「0か1か」じゃなくて、「正しいか間違いか」じゃなくて、50%受け取れた。30%しか受け取れなかった。みたいなつきあいかたができるのだなーと気付かされて勇気づけられる。

つまり、「だせぇ、要は勇気がないんでしょ」だって、別に勇気出して行動してちゃんと成功するまで頑張りきらなければ勇気がないってことになるわけではないはず。 「とりあえず最初の一歩頑張ってみよう」って考える、みたいに自分で受け止め方調整できるならどんな言葉も活かしようはあると思う。ただ、こういう触れ合い方ができるのはあくまでその言葉と自分が向き合うときだけであって、これを他人に向けて投げかける時、それは0か1かの世界に成ってしまいがちなのかなと。 


良い記事だなと思う記事の反対でクソだなと思うのは、①他人の言葉なのに解釈が適当な感じである ②自分の文脈に強引に引き寄せていて、ほとんど自分の意見を他人にぶつけているだけになっている。③他人の言葉を、自分の意見を通すための風よけとか盾・印籠みたいな使い方をしていているだけになっている。みたいな感じで、他人の言葉に対する敬意が感じられないケース。 自分もよくやってしまってて、やはりこういう記事は誰も見向きもしてくれない。 他の人もこういう記事はあんまり好きじゃないんだと思う。

本当は他人の言葉を引用して何かを語るっておそろしく手間暇がかかるし、かけるべきことなのだろうとは思う。ただ言葉を左から右へ流したり、その字面に乗っかって自分の言葉を述べるのとはなにか違うと思う。その言葉を引用しようとした自分の中ではなにかしら心の動きがあるはずだ。記事で別にその過程を全部語るべきとも思わんけど、書き手の人がどの程度力を入れて引用した言葉について向き合ったかかは、なんとなく読み手にも伝わってる気がする。

だから、ブログじゃなくて、評論系の本とか読んでると、作者の人が、引用している言葉や、要約している考え方が、ものすごく手間暇かけられてるなと思うことが在る。 この一行導き出すために作者は引用した人の作品をどれだけ読んで考えたんだろうっておもうような文章見ると、ありがたや~って感じる。大学受験の現代文、問題で答えを求められるのは嫌いだったけど、なんだかんだいって、そういう手間隙かかった本の中から、さらに問題作成者が「ここ面白いんじゃね?」と抜粋した文章読むのはものすごく楽しかった。 そこからポロロッカ現象的に読んだ本もちらほら。

ただ、「引用した文章」に対して、「自分が書いている文章」がものすげえ薄っぺらいことに気づいて悶絶するのは実は楽しいので、これからも「引用」して何かを語ることはやめられないんだろうな―と。 まぁ自分オリジナルの文章なんて、まず「引用」したくなるような文との格闘の先かな、と。



ここまで書いて、はてなコンビニ店長はやはり偉大だったなと思う。 あのオリジナルを感じさせる文章文体って、こういう格闘の中で出てきたんかなーとか考えたりしてる。 自分の中で考えて考えて、っていうのを積み重ねて、他人の言葉引用するより、自分から発する言葉の方が強くなってるんだよねアレは多分。 素晴らしい。