歴史マンガはいい文明

「風雲児たち」から初めていろんな歴史マンガを読みます。オススメの歴史漫画あれば教えてください

プレゼンテーション能力 VS キュレーション能力

メモ

キュレーション能力

http://nedwlt.exblog.jp/20432595/

①優れた「差別化」には、まず、平均的な集団から距離を取ることが求められるのであって、競合よりもスペックで優れていることではありません。



②距離を取っただけでは、市場からは「ニセモノ」と判断されてしまいます。そこで「目利き」に商材を見つけてもらい、その普及を助けてもらえてはじめて「ニセモノ」は「破壊的イノベーション」として認知されるのです。

「破壊的イノベーション」も「目利き」に見つけてもらえなければ、ただの「ニセモノ」です。実際に、見つけてもらえなかったがために、歴史に埋もれてしまった「破壊的イノベーション」は、恐ろしい数になるはずです。



③しかし「目利き」がそれを見出し、その「目利き」に頼る人々がその商品を認知した時点で、市場は変わります。とはいえ「破壊的イノベーション」と言えども、現代社会においては、その寿命は決して長くなさそうです。



④それを何度でも生み出せるようになるために開発・開拓すべきリソースとは「目利き」なのだ


プレゼンテーション能力

 約十年続けた放送作家業に挫折し、またプロデュース業やビジネスにおいても凡庸な才能しか持ち合わせていなかったぼくは、やがてある時、この両者を掛け合わせることを思いつく。そうして生まれたのが『もしドラ』だった。書き上げてみると、それは競争相手のいない、まったく新しい分野を生み出していた。なぜなら、これまでビジネスの知識をエンターテインメントの方法論で表現する存在がいなかったからだ。それは無人の広野だった。
 その時、時代はまさに椅子取りゲーム社会に突入しつつあるところだった。そこでは、単なる情報は価値を失っていた。それよりも、それを楽しく、面白く伝えてくれるプレゼンテーションが求められていた。ぼくが提供したのは、そのプレゼンテーションだった。だから、おおきなヒットに結びつけることができたのだ。



サンドバッグ

http://mkamiya.jugem.jp/?eid=95

なぜぼくが、こうして偉そうに自分の経験や考えについて語ることができているかといえば、それはぼくが、「書く」という技術を持っているからです。謙遜ではなく、本当に、ただそれだけなのです。

リーダーシップは多分こういった要素のその先にある

もちろんこのうえで実行力なんてのが必要になるのでしょうが、
それは「グローバル・エリート」やら「採用基準」みたいな本読みつつ
エリート様が実践されればいいと思います。私は知らない。






防御力だけの自分から脱却して、上記のような方向に進みたい

大学2年の後半にうつになり、なんとか復帰したあとは、二度とそうはなるまい、と「メンタル防御力」ばかりを高めてきました。簡単にいえば納得行かないことに納得行かない、としっかり理屈をつけて語る程度の能力です。


私はしょっちゅう受け入れられないものや、たとえむりやりおしつけられてメンタルが傷つく、そういう繰り返しだったので、なんとかしてメンタルを守ることばかり考えて来ました。親や教師や友人やバイトの上司などといったものに自分を侵食されるのを常に恐れ、それをはねつけようとし続けた結果、その技術だけは上手になりました。


たとえ表面上は周りに合わせようとも、嫌なことを押し付けられてそれでも感謝しろ、と理不尽を言われても、それでも心が折れないように。それで正しさみたいなものにすがりました。何が正しいのか、理屈で考えたら筋が通るのは何か、とかそういうことばっかり考えて自分を慰めていました。 「目の前の人はおかしい、一般的にはこう考えるべきだ」「この行為によって自分を卑下したり、傷ついたりする必要はない」と正しさをかんがえるおこぼれで自己正当化をはかったりしてきました。

だから、おかしなことをいう人の批判や論破は割りと得意です。あと、おかしなこというだけならともかく、それを人にぶつけたり、押し付けたりしようとする人は大嫌いです。許せないといってもいい。



でも、そんなことばっかりやってたせいか、自分自身の意見がありません。一番苦手な質問は「で、あなたは何がしたいの?なんでそんなことやってるの?」といったたぐいです。 

「論破」というのは結局のところ「相手の意見を拒絶することに成功した」ということにすぎません。「論理的」というのは、「当たり前」のことがわかるだけです。 相手の意見、特に「間違っているもの」がなければ、自分の思考をスタートさせることすら出来ません。


周りの勝手な意見や価値観の押し付けから自分を守ることが目的だったはずなのに、いつのまにか、その技術を磨くことばかり上手になって、肝心の守るべき自分を育てることを全然やってこなかった。自分の考えを表に出して他人の視点に晒す、みたいなことをずっと避け続けてきた。 自分独自の考えや視点を持つ訓練も全然して来なかった。 だから、今でも自分の考えを話すことが苦手だし、自分の言葉で人を動かす、みたいなことがまったく出来ません。



今の私は、自分の意見や視点を持つには、あまりにも自己が貧弱すぎる。貫きたい自分も、語りたい自分もない。 ただその時どきに浮かんではすぐ消えるはかない感想と、許せない相手がいるだけ。でも、仕事するようになってから、それではさすがにダメだということに気づいています。自分の意見を言えないとダメなんですよね。 誰も自分のことなんか気にかけてくれないので自分から人に働きかけていかないと、ほんとに放ったらかしにされる。



防御力がないと心が折れてしまうけれど、それだけでは何も生み出さない。結局どこかで攻勢に転じないと生きていけない。



でも、めんどくさい。はてしなくめんどくさいけど頑張らないといけないのかなぁ・・・欝だ。